エド・ブラッドリーの功績
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- 火
- 2006
毎週欠かさず楽しみにしているニュースマガジン番組『60ミニッツ』(CBS放送)については、このブログ上で何度も紹介しているかと思います。詳しい番組の概要については、ウィキぺディアを参考にどうぞ。先週木曜日の朝、20数年もこの番組のリポーターをし続けたエド・ブラッドリー(写真は、こちらで見れます。)が亡くなりました。私は、このオジサンがマイク・ウォレスの次に大好きでした。ちなみにマイク・ウォレス(年齢なんと88歳)は、『60ミニッツ』の大御所リポーターで1968年番組放送開始以来ずっと報道取材して、今年引退されました。
なぜ日本では殆ど耳にしないエド・ブラッドリーをあえてここで書きたいのかというと。
それは、彼が『60ミニッツ』で唯一の黒人リポーターであり、彼の功績が黒人社会やマイノリティの若者達に強く影響を与えたのは確かだからです。しかもマルチな才能に満ちていて、NPR(公共ラジオ放送)ではジャズ音楽番組(『Jazz at Lincoln Centre 』、ピーボディ賞受賞)も担当していました。彼はベトナム戦争時代に特派員としてカンボジアを取材中、追撃砲によって腕と背中を負傷しました。その後1976年、CBSテレビ局において初の黒人ワシントンホワイトハウス特派員になりました。そして、1981年に『60ミニッツ』に加わり、19回もエミー賞を受賞しています。
彼は、いつも型破りなジャーナリストという印象が強いです。おそらく、テレビにイヤリング(ピアス)を付けながら報道するリポーターは彼以外にいないと思います。ダンディーなオジさんとは、彼のことをいうのだろうなと。『60minutes』では、各界の大物とのインタビューから人種・政治・社会問題まで幅広く取材し、リポートして来た有能なジャーナリストでした。
日曜日の『60minutes』は、彼の功績を称えてのスペシャル特番で、彼のジャーナリスト人生を見ることができました。片親に育てられ、貧困を経験し、教員職から無給ラジオディスクジョッキーへ、そしてWCBS(ラジオ)のジョッキーからジャーナリストとしてCBSテレビに加わったというアメリカンドリームを地で歩んだ人だったんですね。彼のサクセスストーリーは、同じような境遇に置かれているマイノリティに勇気を与えてくれたのはないでしょうか。
ということで、これから『60ミニッツ』を観る度に彼の姿が見れないのは残念です。
日本では知られていないけど、このオジさんは私にとって尊敬する著名人の一人だったわけです。
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わたしもブラッドリーおじさん大好きでした。チェンマイに来てから60minが見られなくて残念だったのだが、亡くなってしまったなんて。アメリカから大物のジャーナリストが一人失われてしまいましたね。
ブラッドリーおじさん、ゆかさんも好きだったんですねー。
CBSのサイトでは、動画を公開してますよ。もし、60ミニッツが恋しくなったらチェックしてみるのもいいかもしれません。最近NBCも積極的にポッドキャストや、ドラマ(一部じゃなくって全編放送済み)をストリーミング公開してるんで、便利な世に中になったものです。
Hofknechtと申します。ブログへのコメントありがとうございます。
ダンディーなブラッドリーとおっかないウォーレス。タイプは違えど、どちらも素晴らしいジャーナリスト。二人がいなくなったのは残念の極みです。
『60ミニッツ』で特別番組が放送されたとのこと。日本(『CBSドキュメント』)で放送されるのが楽しみです。一抹の寂しさもありますが。
>Hofknechtさん
こちらこそ、コメントありがとうございます!
そうですね、あの二人が見れないのはホントに残念です。
その後エド・ブラッドリーのお葬式の映像を見たのですが、ニューオーリンズ式に執り行われたそうです。『60ミニッツ』で共演していて、プライベートでも仲が良かったというスティーブ・クロフの泣き顔にはジーンと来ましたよ。
日本で早く特別番組が放送されるといいですね。