習い事
- 09 / 25
- 日
- 2005
小さい頃、一応いくつか習い事をしました。だからって、とっても品のいい楽器関係やスポーツなどではないし、やったのもたったのふたつ。そろばんと書道です。私は姉達がいたので、姉達にくっついて習い始めたのが殆どでした。そろばんも書道も一応中学に上がる前までは飽きっぽい自分にしては珍しくちゃんと続ける事が出来ました。日本を出る前までは、子供の頃の習い事なんて何の役も立たないってずっと思ってましたが、アメリカに住んでみて、あ〜やってて良かったって思ったわけです。
そろばんは、はっきり言ってこの時代、使っている人も殆ど居なければ、仕事で使わなくてはいけない必要性が無いわけで、そろばんの検定を持ってても単に飾りにしかなりません。でも、私の学生時代の商業高校ではそろばんは必須であったり、そろばんが必要とされてました。今では、どうなのか分かりませんが、今やコンピューターの時代なのでそろばんなんて過去の遺物化してるのかもしれません。でも、この「東洋の計算機」は西洋文化では珍しがられます。そろばんで簡単な計算が出来るよって言うと「へ〜、凄いね。」と言われちゃったり。なかなか、いい気分。まあ日本では、そんなに珍しがられる事は無いでしょうけど。
とりわけ書道は、書道で殆ど「文字のアート」なわけで、書道をちょいと書いて見せると「おー」と言われ喜ばれます。大学時代は、私の書道を見て「教えて!書道って美しい〜!」なんて言われたくらい、かなり持ち上げられました。アートのクラスでも、ちょっと面白半分で書道を絵に組み込んでみたら、みごとAなんかもらちゃって!書道をしていて、いい事ばかりでしたね、ホント。
だから、あ〜やってて良かったって思ったんです。子供の頃は、習い事に通うのは「続ける事に意義あり」という母親の押しに負けて、仕方なくやってましたが、今では自分にとっていい財産になってます。しかも、書道は他の伝統的な習い事、例えば空手や合気道などと同様、とても日本の精神と深い関係があります。気持ちが歪んでいると、まっすぐな一本線が書けないし、姿勢が悪いと文字全体のバランスも崩れます。消しゴムでは消せない一本勝負の書道って、毎日の生活で緩んだ精神に刺激を与えてくれるように思うのです。
と言う事で、最近また書道を始めました。自分の日本人としての精神と向き合ってみたかったし、書道で自分のアートを違った形で表現してみたいという理由もあります。
母親に電話で、「書道に通うという機会を子供の頃作ってくれてありがとう」って言ったら、「あ〜そんな事もあったわね。あれね、いわゆる近所付き合いで通わせたのよ。お習字の先生は、町内にいたからね〜。」って母親が言ってました。当の親自体は、あまり深い意味があって子供に通わせてたわけじゃないから、なんか笑っちゃいました。いや〜、とにかく親に感謝です。
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endumhamさんは、普段もきっと奇麗な字をお書きになるんでしょうね。
私、小学校の時、よく『字がきたない』と通信簿にコメントされていました。(泣)
でもそれがショックで『日ペンの美子』ちゃんにも頼らずに、コメントを書かれない程度の字を書ける様に、家で練習した記憶があります。(笑)
でも習字が精神集中のできる一時を与えてくれるって、解る気がします。
そのアナロジーを考えてみれば、人生も消しゴムでは消せない一本勝負ですから、その一時、一時に集中して取り組むって、大事だよなぁ、とふとこのエッセイを読んで思いましたよ。禅の精神ですね。
私の人生、書きなおしがいっぱいが出来てますが、(汗)
せめて判読不可能になってしまわないように、その時の自分に集中していきたいです。
>march-hareさん
それがね、私全然書く字が癖字で汚いったら、ありゃしないんですよ〜(笑)
小さい頃、まんが字を一生懸命練習したツケですね。
いや〜、筆字とペン字が比例しないのもホント恥ずかしいです。
最近じゃ、パソコンばっかりなんで、実際手紙を親に書こうと思うと漢字が分からないし、字もおぼつかなくって!
書道で、漢字をおぼえるにも書き順をおぼえるにも役立つかなと思ってます。
それと書道って、絵を描くのに似てると思うんです。絵が得意な人は、書道も得意かもしれません。
「禅」の精神ですか。その通りですね。「禅」の世界観ももっと勉強したいな〜。日本人の身近な精神世界でありながら、あまり奥深い事を知ってないので…