アメリカでの仏教葬式

  • 08 / 27
  • 2006

昨日は、恩師のお葬式でした。アメリカで初めて日本仏教のお葬式を体験しました。で、第一印象はひと言で表現しますと、「違和感」です。

これは、良いとか悪いとかのレベルではなく、ただ単に「違和感」が残ったという正直な感想です。私は日本を離れて以来、たったの8年しか経ってませんので、自分が経験した日本のお葬式が強く頭に残っているわけです。ですから、多様文化のアメリカ社会で自分が生まれ育った国の宗教を、英語でアメリカ式で目にするというのは、全てが不思議に映ったのでしょうね。まあ強いて言えば、和尚様が日本人でなくアメリカ人で、お経も漢字表記ひとつ無いローマ字音節表記の物で、皆でお経を合唱するという点でしょうか。始終、私が覚えている日本のお葬式とはかなり異なっていました。

もしかしたら、日本でも地域によって、宗派によって多種多様なお葬式のやり方があるのかもしれませんね。今回は、日本人人口がカルフォル二アに比べて少ないクリ−ブラントの浄土真宗系の寺で執り行われたお葬式ですので、日本人色が少ないかなりアメリカ式に変化したものになったのだと思います。おそらく、このお寺に通ってる信者は、日本語を話さない日系アメリカ人や仏教に改宗したアメリカ人がほとんどでしょう。

私は、仏教・神道の国である日本で生まれ育っても、それほど宗教に頼ったり属したりということがありません。むしろ、アメリカに来て初めて自分の国の宗教について興味を持ち始めてたので、私の中では自分は無宗教と判断しています。ですから、今回のアメリカでの日本仏教のお葬式はここが変なんて言える立場ではありませんね。っていうか、それほど日本仏教について知らないわけで、これを機会にちょっと日本の仏教について調べてみたくなりました。

とにかく、今回はとても貴重な体験をしたわけです。さて、皆さんの周りの日本仏教事情はどうでしょうか?

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6 Comments are posted.

  1. しのぶ

    まずはendunhamさんの恩師であられたマスミ・ハヤシさんのご冥福をお祈りいたします・・・。
    やはり、まだまだアメリカは銃社会なのでしょうか。
    指先ひとつで簡単に人を殺せる道具が普通に社会に浸透していることに
    深い疑問と悲しみを感じてしまいます。

    さて、日本のお葬式についてですが、
    こういうことは「鹿踊り」で素晴らしい解説をしてくれた南郷さんが詳しいかも。

    私は鯨幕(葬式のときに飾る白黒の幕)について調べたことがあります。
    実は古来、鯨幕は神事における慶事の際に飾られていたもので
    それがいつからか「特別な時に飾るもの」となり、
    葬式に飾るのは、大正時代に入ってから、葬儀屋さんが決めたものなのだそうです。
    だから紅白の幕が出たのも同じような時代だそうで
    意外にもとても新しいものなんですね。
    (今でも出雲大神宮など歴史の古い神社では祭に鯨幕を張っています)

    そんな感じですから、日本で行われている葬儀の多くが
    今でもどんどん変化しているようです。
    戦前、戦後などに海外に移民した人々が知っている方式と
    かけ離れてしまっているのも仕方ないことなのでしょう。
    現在の日本では葬儀は、金儲けと見栄の張り具合によっている、
    と、これは少々言い過ぎかも知れませんが
    実際、私の祖父母の葬式のときも、まず葬儀屋さんがやってきて
    パンフレットをズラリと並べられ「これならいくら、これならいくら」と
    金額の話から進められたものです(笑)。
    お坊さんや戒名にまで値段の差があるし、
    うちなんかお坊さんが真っ赤なスポーツカーでやってきて
    ちょっとのけぞったものです(笑)。
    なにもそんな目出度い色の車でこなくてもねえ。
    つまり、今の日本の葬儀は宗教宗派とはほとんど関係がなく(あるのは唱える経くらい)
    多分に葬儀屋さん&お寺さんの事情によるものが多いということですね・・・。

    私の住む地域は都内でも比較的近所つき合いの残っているところで
    近隣のおばさんたちがエプロン姿で手伝ってくださいましたが
    隣に誰が住んでいるかも分からないようなところでは、
    すべて葬儀屋にお任せするとこが多いようです。
    むしろ、その方が後々面倒がない、ということもありそうですね。

    ただ、都会から離れた地域などでは今でも昔の風習が残っていて
    宗教によって、というより地域によってやり方もだいぶ違うようです。
    たいていは土地の生き字引みたいなおじいさんが
    「ここにはこれを飾り、ここは誰々さんが面倒を見て」と指図をして、
    隣近所で協力しあってやっているようです。

    ダンナの実家でもお葬式を出したことがあるのですが、
    葬儀屋がやるのは祭壇等の貸出と組み立てだけで
    あとはみんな近所の人が持ち回りでやっていました。
    ダンナの実家は神道なんで、神道式のお葬式だったのですが
    故人を近しく感じてしまうような手作りの式でした。
    立派な祭壇でもなく、参列者も普段着でかけつけるような感じでしたが
    私は後にも先にも、こんなにすばらしい葬式を見たことがありません。

    超長文失礼いたしました・・・。

  2. endunham

    >しのぶさん
    お気遣いありがとうございます。

    >>やはり、まだまだアメリカは銃社会なのでしょうか。
    指先ひとつで簡単に人を殺せる道具が普通に社会に浸透していることに
    深い疑問と悲しみを感じてしまいます。

    そうですね、正に今回の悲劇はアメリカ銃社会を反映した結果になりました。銃規制がしっかり整っていないので、絶えない、むしろ増え続けている銃犯罪です。最近のクリ−ブラントは、特にそういった犯罪が急に増えているので、いったい行政のせいなのか疑問であります。つい昨日と一昨日も二人射殺される事件がありました。本当に物騒な世の中です。

    日本の詳しいお葬式事情レポ、ありがとうございます!
    やはり、日本も時代と共に変化しているんですね。もっぱら冠婚葬祭は、お金がかかるイベントですから、戒名にまで値段の差があるっていうのも頷けます。ただ、こうなると葬儀屋もお寺も結局商売ってカンジで、ちょっと寂しいですよね。何のための宗教なのか…本質が不透明になりつつある現代の日本の姿なのか。

    鯨幕や紅白の幕の歴史って、ホント新しいんですね〜。私は、てっきりずっと昔から続いている日本独自の文化かと思ってました。確かに、時代劇では見たこと無いですものね〜。納得。

    私が覚えているお葬式は、祖母が亡くなった時だけですから、かなり前になります。しかもウロ覚えで、ほとんど詳細は覚えてません。でも、しのぶさんのダンナさんのご実家事情に似て(神道中心ではないですが)、親戚がお手伝いに来ていたように思います。葬儀屋さんは、白黒幕とその他小物や写真を用意して、家族はお盆様の段飾りを利用していたのを覚えてますね。来客用の食事は、親戚が協力して手作りしていたような気もします。ホント手作り感がありましたね。

    やっぱり、田舎に行くほど昔ながらのやり方を守ってるんですね。きっと信仰心も田舎に行けば行くほど強いわけですし、なんか古き良き時代の日本が残ってるカンジです。名目だけではない、本質に沿った慣わしが残る日本。私は、そんな日本文化がずっと残って行って欲しいと思うのですが…
    時代と流行には、逆らえないですのが現実なのかな。

    とにかく、いろいろ教えて頂きありがとうございます!

  3. しのぶ

    あれから(笑)いろいろ考えてみたんですが、日本における宗教って、キリスト教やイスラム教などの絶対的な存在とは違い、一生懸命信仰する、というようなものじゃないと思いませんか?
    どちらかと言うと、部屋の隅にいる居候みたいな存在だったり、時にはちょっと面倒な存在だったり(笑)。

    おそらくこの「神様と言っても、それほど尊敬に値するものではなく、時にはイタズラしたり疫病を持ち込んでくる困った存在でもある」、つまり限りなく人間に近い存在である、というのが古来からの日本人の宗教観であるのかなあと。
    そのせいか、キリスト教のお祭りで人が神の格好をするというのはあまり見かけません(おそらく人間が神のマネをするなんて恐れ多いということでしょう)が、日本ではたとえば神楽や鬼剣舞など、人間が神様仏様の役を演じることはたくさんありますね。
    これを西洋やイスラム圏などの人がみたら「なんて信仰心のない」と見えてしまうのでしょう。
    しかし「それほど尊敬するものでもない」存在だからこそ、日本人はキリストでも仏様でも抵抗なく受け入れられるのだろうとも思っています。

    さて、お葬式ですが、私の祖父母のころ(10数年前)は、みんなで手伝いながらやってたけど、先日近所であったお葬式では、誰も手伝わなかったということです。
    たった20年足らずでそれだけ変わってしまった、ということでしょうか。
    無理して(笑)良く言うならば、宗教に限らず習慣でも何でも、時勢に流されつつ、最後にはちゃっかり適応してしまうところがまた日本人らしいところでもありそうですね。
    極端な話、未だに日本人が「ハラキリゲイシャ」やってたらそれもまたおかしい話ですし(笑)。

    そうそう、私が鯨幕について調べようと思ったのは、天皇陛下のお嬢さんである紀宮(のりのみや)さんの納采の儀(結納)のときに、受付に白黒の幕が飾ってあったのを見かけて
    「なんでこんな縁起悪いものを飾るんだ?!」と驚いたのがきっかけでした。

  4. endunham

    >>あれから(笑)いろいろ考えてみたんですが、日本における宗教って、キリスト教やイスラム教などの絶対的な存在とは違い、一生懸命信仰する、というようなものじゃないと思いませんか?

    しのぶさん、非常にその点同感です!!だからなのか、うちの母親はよく言うんですよ。仏壇に毎日手を合わせる事より、先祖をいつも心で思いやる事が大切なんだと。それと、何かいいことあったら先祖に「ありがとう」って思う事だと。

    私もそういったいわゆるカタチではない、精神的信仰でカジュアルな日本の信仰風潮っていいなって思います。確かに一神教のその他の宗教からしてみれば、いいかげんに映るのかもしれませんね。今回恩師の友人達に「あなたは仏教?」訊かれて、「仏教コミュニティには属していないけど、先祖を信仰してますよ。でも…」とどうにもこうにも答え方がわかりませんでした。日本人の信仰の仕方って、あいまいですものね。自分が本当に彼らの言う仏教信者の枠に入るのかよく分からないですからね。

    >>しかし「それほど尊敬するものでもない」存在だからこそ、日本人はキリストでも仏様でも抵抗なく受け入れられるのだろうとも思っています。

    ホントに同感です。なんでも受け入れできるという事で、もしかしたらそのため戦後同盟軍に占拠されても今のイラクみたいに激しく対抗するってことも無かったのかもと。まあ、太平洋戦争の事情とイラク戦争の事情は全くちがいますがね。あれ?ちょっと話が飛躍し過ぎたかな?(笑)

    しのぶさんの意見って、凄く納得させられますよ。私には無い貴重な知識をお持ちなんで、あ〜そうなんだって勉強になります。英語で日本のトリビア的話題をブログに書こうかなって思ってたので、このしのぶさんのご意見を引用・翻訳させてもらいたいのですが。不都合であれば、ご連絡下さいね。

  5. しのぶ

    そうそうそう!日本では死んだ人が神様仏様なんですよね〜。
    だから、おじいちゃんおばあちゃんも神様。

    >>もしかしたらそのため戦後同盟軍に占拠されても今のイラクみたいに激しく対抗するってことも無かったのかもと。

    ああ、それはあるかも知れませんね〜。
    大勢の人をひとつにまとめるには、宗教というのはかなり利用価値が高いのでしょう。
    日本も戦争中は天皇を現人神(あらひとがみ)にした一神教になっていましたもんね・・・。
    だけど、それはあくまで政略として一時的に作られたものだから、戦争が終わって「天皇だって人なんだよ」って言われた時に、「言われてみればそりゃそうだ」って素早く納得できちゃったのかも?

    >>しのぶさんのご意見を引用・翻訳させてもらいたいのですが。

    えええっ!こここ、こんなんでもよろしいんでしょうか???
    いや〜とっても恥ずかしい限りですが、私なんかのでよろしければ使ってやってください〜。

  6. endunham

    >>大勢の人をひとつにまとめるには、宗教というのはかなり利用価値が高いのでしょう。
    日本も戦争中は天皇を現人神(あらひとがみ)にした一神教になっていましたもんね・・・。

    確かにそうですね〜。ま、いろんな意味で当時の庶民は洗脳されてたわけですよね。宗教って、それがあるから怖い。でも、正しく判断できる知識を持っていれば、すぐに「天皇もただの人」って気づけたのでしょうが、万民全てが教育を受けれるような時代じゃなかった故の歴史ですね。

    ふふふ、しのぶさん。しのぶさんの意見を交えて、ちょっと日本人の宗教のあり方みたいな記事書きますね〜。書きましたらお知らせしますが、とりわけトラフィックが多いブログじゃないので…(笑)
    とにかくありがとうございます!

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